東京高等裁判所 昭和31年(く)31号 決定
本件抗告理由の要旨は、抗告人は、昭和三十年四月末ごろ、同国人である頼栄煌より、亜米利加製コロンビヤテレビ十七吋一台を代金六万五千円で買い受け、自宅に設備使用中、同年六月十六日、代々木警察署員より、証拠品として預かりたい旨の申出があつたから、これを預けたところ、その後、返還がないので、調査した結果、渋谷簡易裁判所において、最近これを中野区役所前水野嘉麿に仮還付されたことが判明したが、右は誤りにつき、抗告人は、同裁判所に対し、右テレビの差出人及び所有者として、押収物の還付請求をしたところ、同裁判所は、昭和三十一年五月十七日、右請求を理由がないものとして棄却する旨の決定をし、該決定謄本は、同年同月二十二日抗告人に送達された。それで、右決定は、抗告人は、民法第百九十二条の適用外であるとのみ判断して、民法第百九十三条を無視したものであるが、本件の如き場合は、占有関係より強度な所有権を争うものであり、抗告人は、右テレビを前示頼栄煌より善意無過失に買い受け、平穏公然に使用していた所有権者であり前掲水野嘉麿より買戻の交渉を受けていたものであるから、これを同人に仮還付した原裁判所の措置は不当であり、従つて、抗告人の還付請求を棄却した原決定は失当であるから、これが取消を求めるため、本件抗告に及んだというにある。
よつて案ずるに、本件抗告事件記録及び取寄にかかる被告人秋元栄造、同中島芳太、同植木祥雄、同木村彌に対する窃盗被告事件の本案記録に徴するときは、右被告事件の押収品である十七吋SBSテレビジヨン一台(渋谷簡易裁判所昭和三十一年証第三号の五)は東京都中野区宮園通四丁目十六番地水野嘉麿の所有であつたが、昭和三十年四月一日ごろ、前示被告人中島芳太によつて窃取されたものを、その後、抗告人が前示頼栄煌の手を経てこれを入手したものであつて、右被告事件の証拠品として領置されていたところ、渋谷簡易裁判所が昭和三十一年三月二十四日前示水野嘉麿の申請により、即日これを同人に仮りに還付したものであること、及び、その後、本件抗告人が同年五月十日附書面をもつて同月十一日、同裁判所に対し、右テレビジヨンの差出人及び所有者として、押収物の還付請求をしたところ、同月十七日、同裁判所において、右請求を棄却する旨の決定があり、該決定謄本が同月二十二日抗告人に送達された事実が認めえられるのである。そこで、刑事訴訟法において、裁判所が押収物の還付決定をすべき場合を定めた規定をみるに、同法第百二十三条に、「押収物で留置の必要がないものは、被告事件の終結を待たないで、決定でこれを還付しなければならない。押収物は、所有者、所持者、保管者又は差出人の請求により、決定で仮にこれを還付することができる。前二項の決定をするについては、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴かなければならない。」と、同法第百二十四条に、「押収した臓物で留置の必要がないものは、被害者に還付すべき理由が明らかなときに限り、被告事件の終結を待たないで、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、決定でこれを被害者に還付しなければならない。前項の規定は、民事訴訟の手続に従い、利害関係人がその権利を主張することを妨げない。」と同法第三百四十七条に、「押収した臓物で被害者に還付すべき理由が明らかなものは、これを被害者に還付する言渡をしなければならない。臓物の対価として得た物について、被害者から交付の請求があつたときは、前項の例による。仮に還付した物について、別段の言渡がないときは、還付の言渡があつたものとする。前三項の規定は民事訴訟の手続に従い、利害関係人がその権利を主張することを妨げない」とそれぞれ規定しているが、この外には、裁判所が押収物の還付決定をすべき場合を定めた規定は見当らないようであるところ、抗告人の本件押収物還付請求書の記載に徴するときは、本件還付請求は、右刑事訴訟法第百二十三条第二項所定の仮還付の請求ではなくて、前示押収にかかるテレビジヨン一台の差出人及び所有者として、該物件の還付(本還付)を求める趣旨であると解されるのであるが、前掲窃盗被告事件の一件記録に徴するときは、本件請求の目的物たるテレビジヨン一台は、同被告事件につき押収した臓物であることは明らかであるけれども、同被告事件の現段階においては、右物件は、未だ留置の必要がなくなつたものとも、又、被害者に還付すべき理由が明らかな場合にあたるものとも考えられないところであつて、結局刑事訴訟法において、裁判所が押収物の還付決定をすべき場合を定めた前示各法条のいずれの場合にも該当しないものであることが認めえられるのであるから、原裁判所としては、抗告人の本件還付請求を許容して右物件を抗告人に還付することは、法律上できなかつたものといわなければならない。してみれば、抗告人の右還付請求を理由がないものとして棄却した原決定は、その理由において、これと異る説明をしているけれども、その結論において正当であつて、本件抗告は理由がないから、刑事訴訟法第四百二十六条第一項後段に則り、これを棄却することとして、主文のとおり決定する。
(中西 山田 石井謹)